「境界」という概念の追求 
 



1.「物」から「モノ」への越境



私の芸術・表現活動において常に模索しているテーマとして、<境界>という概念があります。ふつう我々は、既成の「名前」のあるものについては疑いを持たずその用途や形を思い浮かべます。


例えば「リンゴ」というと、ヘタのついた赤いリンゴの実を思い浮かべることでしょう。そうでなくても、皮をむいて芯をとり一口サイズに切り分け皿に盛られたものとか、たいてい生活の諸断面でのリンゴの姿を思い浮かべると思います。
 しかし、ここで「リンゴ」をカメラで接写してみる。または暗い場所で光を当ててみる。そうするだけで、既成の概念の「リンゴ」とは全然違った様相の<モノ>に還元されるのです。写っている物体が「リンゴ」そのものでありながらも、「リンゴ」だと解らなくなってしまう。


 そういった「リンゴ」が「リンゴ」でなくなる瞬間、それは、ある種の<境界>をまたいだ瞬間といえるのではないのでしょうか。確固とした既成概念だと思っているものが<境界>を越えることで、同じものでありながらも同じでなくなる瞬間、そこに「エロティシズム」が発生するのです。


ここでいう「エロティシズム」とは、写っているものは既成のものであるはずなのに変貌してしまうことで立ち現れた新しい世界=視点によって、名付けられる以前の新鮮な魅力に引き寄せられることです。それは、「もの」と「もの」を調合し、掛け合わせることによって別種の新しい概念=<モノ>を創り出してしまう「錬金術」の魅力と通じるものがあるかもしれません。


こうした制作活動により得られるのは、新しい概念・世界・地平を獲得する、つまり「境界を越える」瞬間の喜びです。
    



         




「バナナの表皮」印画紙・フォトアクリル加工/2003      「トマト」印画紙・フォトアクリル加工/2003                                          
暗闇の中でバナナの表皮の裏側から光をあて、接写。       暗闇の中でトマトの裏から光をあて、接写。