西瓜のモーツァルト



・仕事も、もうすでに今年は入っていない。25日が最後である。




・おきたら十一時半であった。このごろずっとぐっすり眠っているつもりでも、十時間くらいも寝てしまうのは、やはり疲れているからだろうか。いつもどおり非常に寒い。しかし寝所はロフトにあり、暖房はおきぬけにあわせるようにセットしてあるので、寒くはない。




・起き抜けの夢は、なんだか現実に近いようなことがぐるぐると立て続けに出てくる。最近一ヶ月はやたらごたごたしていて、精神的に不安定で余裕がないことが多かったので、まだまだその余波がこのような形になって出てくるのだろう。たいていこんな遅くおきたときはすっきりと目覚めてすぐに行動に移せるのだが、あまりそういう気も起こらずに、寝床にあった、カルヴィーノの『まっぷたつの子爵』を読みながら眠気とだるさをほぐしていく。
童話風なのだが、非常に陰鬱で残酷で滑稽な物語である。しかしその陰鬱さや残酷さは、西洋以外ありえないような質のものであって、僕の、現実のごたごたの憂鬱さとは似ても似つかない。だから、そんな夢をたくさん観たあとでも、おもわず『まっぷたつの子爵』を手にとってしまったのだろう。かえって、楽しいような本を読むよりも、よかったかもしれない。架空の憂鬱さをみることによって、現実の憂鬱さとうまく置換できたような気がする。




・起きて、パソコンなどをチェック。芥川龍之介は大の風呂嫌いだったらしい。風呂に入る。風呂から上がって、おでんを食す。すっかり腹ごしらえができたので、さあ、制作でもしようかと思うが、まだそこまでの気合がたかまらないので、とりあえず珈琲を飲みにベローチェに行く。
その途中にブックオフによるのはお決まりのパターンになっているのだが、岩波文庫の摘録『劉生日記』が105円で売っているので購入。たまにいい本が安くなっているので、ブックオフはこまめに見て損はない。(ただ、塵も積もれば山となる如く、毎日何かしら買っていては、お金がものすごく減るのが必定。気を引き締めてちょっといいなと思っても、控えなければいけない。と思いつつ、買うのをやめた本に限って、すぐに読みたくなったりもする)




ベローチェに行き、『芥川龍之介』の続きを読んだり、ぼうっと今後の予定や、アラザルの本文やインタビューをどうしようかと考えたりする。bはロシアに行くそうだ。朝、とてもいい文章が書いてあった。彼女はやはり才能があると思う。彼女が好きだという須賀敦子の『遠い朝の本たち』を105円で売っていたのに買わなかったのをすこし後悔する。フランスに居てヘーゲル研究に没頭している傍ら、柔道で怪我をしたり、なんだか相変わらず破天荒に生きている、高校時代からの友人IYを思い出す。そういえば12月30日には、テレビカメラマンの仕事をやっていたときに、OTと一緒に鳩山由紀夫を撮影しに行ったことを思い出す。12月30日の国会通りは空いており、白河町の民主党本部に向かうとき、タクシーの運ちゃんが、時速80キロで飛ばしていたのを思い出す。OTも着々とフランスに留学するために勉強に勤しんでいる。TYは中国で如何しているだろう、こんな情勢下で、なにか嫌がらせでもされていないだろうか。IMは相変わらずアメリカで人工衛星の研究をやっているのだろうか。ときたま連絡呉れるのだが、まえ連絡くれたのはいつだっけ。6年くらいたったら帰ってくるといってたっけ。IDは結婚したそうだ。おめでとう。




ベローチェを出る。相変わらず寒さは本格的である。とはいえ、二十年前の東京の今の季節よりはあたたかいのではあるが。もう、日が傾き始めている。三時を回っている。
身を切るような寒さの中、もう少し外に居たいような気分になり、中野まで自転車を飛ばす。もう図書館もやっていない。中野の大勝軒のつけそばを食べる。ここは有名な池袋大勝軒のひとが修行をしていたとも云われる老舗で、当然つけめんブームになる前からつけめんの美味しさは有名である。しかも安い。ベーシックで美味しいのは、ほんとうに飽きない。そういえば、ラーメンと云えば、荻窪二葉の、新しくできたほうのお店に行って見た。元祖の天沼店は何回か行ったけれどもあまり美味しいという印象がなかったが、こちらの二葉は、初めて美味しいと思える。同じ二葉なんだけれど、だいぶメニューも味も違うらしい。




・家に帰宅するころにはすっかり日も落ちてきて、空が絶妙な色合いになっていた。寒いからか、紫色が夕焼け色に勝り、宛らイルクーツクに居るような趣であった。暫くせわしなかったので、このような自然界の移ろいに目をとおしていなかったなあと、思う。じわじわと、麻痺していたあらゆる感覚が、もとに戻ってくるようだ。霜焼けをおこさなければよいのだが。


・家に帰ると、家の中が仄かに暖かい。暖房と電気をつけっぱなしで行ったのだ。しかしそれが、ものすごくしっくりしている。もうすっかり暗くなった窓の外を尻目に、しっかりと夜の時間の準備をしてくれていたのであった。




少年メリケンサックをみる。なんかだめだめのグダグダぶりが、ひしひしとこころをうつというか。けっこうそれぞれのだめっぷりな本質をカリカチュアライズするのがうまいなあと思う。というか、みにつまされる思いである。