徒然千夜0006







トランスルーセントグラスキャット








トランスルーセントグラスキャットと云うなんとも長ったらしい名前の魚がいて、こいつはどうもナマズの仲間のようである。よく熱帯魚屋に売られているので、気になって居たのだが、見れば見るほど買いたくなってきてしまうのだった。なんでかって、それは一目見れば判るのだが、その身体の八割は透明なのだ。透明で、骨まで透けて見える。臓物は頭のほうに寄せられて、窮屈そうにおさまっていて、あとの大部分はなんで透明なのかわからないけれど、とにかく透明なまま長くゆらゆらしている。


つねに四十五度の角度であたまを上に向けて、尾をしたに向け、中途半端な立ち泳ぎみたいな恰好をして、いつも水槽の中間あたりに漂っているのであった。最初のうちは水槽の前面に出て漂っていたが、買ってきて何日かすると、水槽の岩陰や水草の陰に隠れていてちっともその透明で繊細な姿をみることができなくなってしまった。
と云うか、結局私はトランスルーセントグラスキャットを自分のうちの水槽に入れたのであった。五匹購入したのであった。群れで常に集まっている習性があるらしく、五匹はつねに寄り添いながら四十五度の角度で岩陰に漂っていた。



しかし或る日、いくら探しても三匹しかいなかった。どこを探しても三匹しかいない。他にコリドラスとかカーディナルテトラとか居たけれども、とてもトランスルーセントグラスキャットを食べてしまうような熱帯魚はその水槽には入れて居なかった。驚いて水中から飛び出てしまって干からびて居るのかと思って入念に探したのに居ない。
こうなったらどうしても捜してやろうと水槽の掃除を始めたけれども、濾過マットのところにも吸い込まれていないし、水草のしたにも居なかったし、死体もなかった。
ほんとうに透明になってしまったのだろうか。そう思いながら改めて水槽の三分の一程度水換えをして、魚を水槽に戻そうとした。もうその時はトランスルーセントグラスキャットは一匹も居なかったのである。



トランスルーセントグラスキャットがどこにもいなくなった水槽は、それから二週間ばかりそのまま安定していた。いやに澄んだ水と、再び繁茂し始めた水草と、コリドラス数匹とカーディナルテトラ十二匹とをそのちいさな世界に抱えながら。しかしそれからまた一週間ばかりたったその日、トランスルーセントグラスキャットの稚魚がいっぱいいっぱい水槽に蠢いていたのである。繁殖は不可だと云われていたトランスルーセントグラスキャットの稚魚は、成魚よりもさらにさらにちいさく、さらにさらに透明であった。それはあまりに透明すぎるので、こんどこそカーディナルテトラのかっこうの餌になっているようであった。
微かに予測はついたのだけれど、やっぱり、短時間で稚魚はどこにもいなくなってしまった。食べられたのに違いないだろう。やっぱりトランスルーセントグラスキャットは透明だった。それが相応しいのだとおもう。僕は納得する。その日、震度二の地震があったんだとおもう。


トランスルーセントグラスキャットと云う響きだけが、いつまでたっても僕の頭の中にくわんくわん響き渡るのであった。あの心地よくて透明で繊細で儚そうなあいつ。あいつのなまえ。とらんするーせんとぐらすきゃっと。