中井久夫 『隣の病』 P108抜粋



 人間の思考や感情や意志あるいは行動というものには、いずれも、二つの方向性がある。すなわち、「まとまろう」とする統一的方向性と「ちらばろう」という分散的方向性とである。そして、そのいずれの方向性も、それだけでは駄目なのである。考えをまとめるためには、まず、ある程度ちらばっていなければならない。あるいは適当にちらばせなければならない。初めからひたすら統一をめざせば萎縮となり、後には一つに小さく固くまとまってしまえば、それは化石みたいなものとなる。しかし、分散しきってしまえば、それはまとまりのない無秩序、すなわちもう一つの死物である。精神の健康あるいは精神の存立自体の可能性は、その中間にあって、この二つの方向性の、揺らぎを伴った動的平衡にあると私は思う。それによって、統一と分散との統合、すなわち展開(発展)ということが可能になる。
 河合隼雄は、どこかで「治療というものは、もつれた毛糸をほどくようなもので、ふわふわふわふわとやっていれば(ここで手真似)いつの間にかほどけてくるものですな」と語っているが、この直観的治療法には、まとめようという方向とちらばろうという方向とを、ともに無理のない範囲で調和させながら自然に回復させるという機微が巧みに物語られている。

中井久夫 『隣の病』 ちくま学芸文庫 P108抜粋